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くじら502号
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厳島の裏に潜水艦を見つけ、望遠レンズでたぐり寄せてみる。
後日502の艦番号から調べると、最新鋭潜水艦『うんりゅう』と判明。
呉基地に初入港したのが4月19日という記事があるので、入港二日前の撮影だった。

潜水艦は見つからないことが第一の仕事。
住処となる定係港をもった今、白く目立ったセイルの艦番号は
決まりにより消されてしまっていることだろう。

NAWATA
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by shimaproject | 2010-09-30 10:38 | 阿多田島 | Comments(2)
ひといき
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『海の家あたた』への分かれ道に錆びた脚で立っていた『きゅうけい いす』
座面にあるロゴマークからすると、元は電子ピアノの椅子だったのだろうか。

ひとり集落を離れ、島の西部にある『長浦海水浴場』へ向い、
ここまで一つでも多く被写体を見つけようと足早に歩いて来たが、手書きの文字に気が抜けた。

NAWATA
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by shimaproject | 2010-09-27 12:41 | 阿多田島 | Comments(0)
時の流れ
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写真を撮り始めた頃、それまでは意識することもなかった電柱・電線の存在が、
普段の生活でしっかりとその恩恵を受けておきながら、
思う構図を制限させたり、景観を壊す邪魔者に思えて仕方なかった。
しかしそれが消えゆく木製となると、見つけて嬉しくなるモノのひとつになる。

この電柱はいつからここに立っているのだろう。
島内を巡るケーブルから外れているので、既に役目は終わっているようだ。
ひとつ、またひとつと追加されてきたであろうモノ達が、
もう年輪のできることのない木に、時を刻んできたように思えた。

NAWATA
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by shimaproject | 2010-09-24 00:33 | 阿多田島 | Comments(0)
昭和のかをり
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島に限らず、こういった味のあるモノを見つけると何だか嬉しくなる。
『魔法使いサリー』『ルパン三世』のような書体が年代を感じさせる看板は、
陽射しと潮風を受ける歳月により色褪せていても、赤と緑の配色が路地の中で目を引いた。

幼い頃、家電や食器、衣料、日用品等、身の回りに花柄に溢れていて、
近所には花の名前を持つ店もあった。
この店もそんな頃に開店したのかなと、思いながらシャッターを切った。

NAWATA
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by shimaproject | 2010-09-21 21:36 | 伯方島 | Comments(0)
島の小さな消防車 2
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見事山小屋の火事を消し、山火事への延焼を止めた『じぷた』

新聞にその活躍が掲載されると、花形消防車だけを見、
小さく地味な『じぷた』に目もくれなかった子供達がにわかに注目し始める。

この絵本は、身体の小さい子供に勇気を与えるのは勿論だが、
分かりやすいものだけを評価することへの戒めや、適材適所を教えている。

路地や狭い農道・山道を有する島の生活を守るために小さな消防車が欠かせないが、
できれば火事で活躍することのないようにと思う。

NAWATA
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by shimaproject | 2010-09-18 00:29 | 岡村島 | Comments(0)
島の小さな消防車
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島の消防署で軽自動車の消防車を見かけると、
必ず思い出す絵本がある『しょうぼうじどうしゃ じぷた』だ。

火事で華々しく活躍するはしご車やポンプ車、救急車を
出番もなく車庫の片隅で見送るだけのジープを改造した小さな消防車『じぷた』

目立たった活躍の場を与えられることもなく、小さな自分に落ち込む日々ー。
そんなある日、山小屋で火事がおきる。

はしご車は不要、ポンプ車は道を通れず、ケガ人がいないので救急車も不要。
現場へは狭く険しい山道・・・小さな『じぷた』に適した活躍の場が訪れる。

NAWATA
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by shimaproject | 2010-09-16 01:46 | 似島 | Comments(0)
うさぎの楽園『大久野島』
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『地図から消された島』『毒ガス島』と様々な顔を持つ大久野島ですが、
いまは『うさぎ島』とも呼ばれ、うさぎの楽園としても有名です。
上の2つの呼び名と比べて、なんともほのぼのとした呼び名ですよね。
でもその背景はあまりほのぼのしてはいません。
そもそも大久野島とうさぎの関係は、かつての毒ガス研究施設などで、
『実験用』と『毒ガス検知用』として飼われた事が始まりです。
繁殖力が高いので実験用の頭数維持ができやすく、
身体が小さいため人間よりはやく毒ガスで倒れるので検知用としても最適でした。
終戦後、この時に飼われていたウサギはすべて処分されたらしく、
いま島のあちこちでみかけるウサギは1971年に放された8羽のウサギの子孫たちです。
それにしても驚くべきはウサギの繁殖力ですよね。
たった8羽のうさぎが、いまでは300羽以上になっているのですからビックリです。

Nakagawa

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by shimaproject | 2010-09-09 06:30 | 大久野島 | Comments(0)
御手洗最大の茶屋『若胡子屋』跡
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 若胡子屋は『大崎下島・御手洗』地区に現存する江戸時代の茶屋(遊郭)跡で、写真はその内部を撮影したのもです。 (※現在は、建物崩壊の危険性があるため閉館中) 
※現在は補強工事が済み、内部に入る事ができます。 2012.11.15 追記

 江戸時代の御手洗は、北前船や参勤交代中の諸大名等が立ち寄る『風待ち潮待ち』の港として栄え、幕府の公用船が停泊する港にも指定されていました。その繁栄の背景には広島藩から許された茶屋4軒(若胡子屋・藤屋・境屋・海老屋)の存在が大きく、中でもこの若胡子屋は、最盛期に100人以上の遊女を抱えていたといわれています。
 この地域の茶屋の特徴は、オロチョ舟という小舟で停泊船に近づき、船後家(船乗りの一夜妻)という独特の手法と心構えで船乗りたちの旅の疲れを癒していたことと、ここの遊女たちの教養の高さです。なんでも江戸の吉原や京都の島原と同等の教養を備えていたそうですが、各藩の大名や重役、その他の知識人を多く相手にしていたことを思うと、高い教養が必要になることもうなずけますよね。

Nakagawa

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by shimaproject | 2010-09-05 08:39 | 大崎下島 | Comments(0)
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